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2018年6月2日土曜日

誰が死ぬのでしょうね(^^)



こんにちは。
お元気にお過ごしでしょうか。

この変わりやすい季節のせいか、今週は肉体的に調子悪いことがよくあった~
目眩がして吐き気がしてきた時、会社にいたのが辛かった^^; 
自律神経系が乱れやすいのかな、梅雨。

こんな時も持ってて良かったホメオパシー先生!
目眩のレメディは常時してないので、とりあえずBry(頭痛や便秘)で会社でしのいで、
帰宅してから、Coccu. 
これは目眩用にもってたわけではないけど、目眩にも効果あるそうで効いた(^^)
ヒットするレメディを選べれば、即効☆


休みの日は、クッキー焼いたりグラノーラ作ってます。
仕事の合間のおやつ用~

ぴーちょくぱーちょく、小鳥たちのさえずりを聞きながら、
カフェイン酩酊で、だらだらと書いております。 鳥たち、求愛の季節ですか?かわいい~


服とかにも前ほど関心がなくなってしまってるようで、
古い服を着て出かけていたら、
買ってあげるから頼むから小綺麗にしてください、と母からお願いされました^^;

ヨガに影響されてたときは、白っぽい服を着なければ!というのがあったけど、
最近は、
全身真っ黒とかも気づいたらあったりして。 どうでもいいんですよ、白でも黒でも^^;
それによる影響があったとしても、無意味でしかない。


仕事は相変わらず、クソつまらないけど、本当に楽しいです(^^)
なんじゃそりゃ 笑
ここで起こっていることは、そうとしか表現ができない。

ひとつもおもしろ味もない仕事内容ゆえ、ネタにもならんので話題にもしないが、
私は楽しく職場に行っている、そういうことが「私」と関係なく起こってます(^^)


朝起きて、毎日同じ景色のはずなのに、
ひとつも同じものがない、そういう感じの中で毎日、生きている、
否、
生が自動的に起こっています。
相変わらず、ここでは誰も生きてないみたいです♪

昔みたいに、朝、目が覚めて、
「あーまた同じ景色。 同じ一日が始まる、、、」というのが、
去年くらいから、起こらなくなってしまったなー  
毎瞬、毎瞬が新しいです。 無二です。同じことが無い。


ラマナマハルシが、
眠っているときに見る「夢」と、
「我々」が現実だと信じている出来事の違いは、
単なる連続性の有る無しだけだと言っていたけど、最近はそれもあやしい。。。

なにも繋がってないことが、明らかになってしまったので、、、
見せかけ上は、連続しているように起こっているんでしょうね、
ある一定の法則に従って。

現実と信じてきたことが、ここでは、完全に夢と同じです。


んーと、、、こないだふっと浮かんだこと。
眠ってる時の夢があまりに印象的、すっごく怖かったり、ものすごーく良い夢だったら、
しばらく覚えてますよね?

でもしばらくしたら、忘れてしまいますよね?
所詮は夢だって無意識に知っているからじゃないですか?

ここでは、全部がそういう風に起きています。
「我々」が現実だと思っている出来事が、
眠っている時に見る夢と同じ程度にしか価値しかありません。

怖い夢も、良い夢も、忘れちゃうくらい、結局同じに無価値じゃないですか?
ここでは、
「私」が現実だと信じていることが、ぜんぶ、夢と同じに無価値です。
夢と同じように、良いことも悪いこともしばらくしたら自然と忘れています。
(記憶として、ある瞬間に脳が思い出すことは起こるけど、それはただ記憶が起こってるだけで、
 過去の出来事とは何の関係もありません。過去はない。)
「私」がいない、とそういうことが表面上で起こっています。



はてさて、今回のタイトルは、
私が、苦しんでいたときに紹介してもらった、
すでにシフトが起こった人、ニルヴァーナSaから投げられた言葉。
(おもしろいので、今後はニルヴァーナの皆さんに、イニシャル出演してもらおうかと^^)

「ノンデュアリティ」がどういうものなのかわからないし、
なにか「良い気分」=軽いエネルギーと、
苦しい感じ=重いエネルギーとを、行ったり来たりしている状態の時に、
いろいろ質問してまして。

そもそも、このblogでノンデュアリティについて書き始めたのは、
同じように苦しんでる状態の人の助けになれば(←ここらへんがヨガ上がりのエゴだなー^^;)
ってところからだったのに、

もう助けを必要とする人も、苦しんでいる「私」もすっかりいなくなってしまったので、
カフェイン飲んで、テンション上がってるときに、
好きな言葉遊びをしている感じになってしまいました 笑


しかし、
苦しむ人は2ー3年苦しんだり、苦しい方に戻ってきたりするらしいので、
私はラッキーでした。
苦しんだのは、たぶん2週間くらい?

苦しんでいるときに、アルナチャラにいて大和田菜穂さんの話を聞くことになったのが、
significantだねって、
すでに解放が起きていた友人、ニルヴァーナSuが言っていました。
もしかしたら、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、
つまるところは、意味はないんですけどね(^^)


「大事な人っていう感覚がわからなくなって、
 でも親とか、近しい人が死んでも同じことが言えるのか、わからなくて」

こういう質問を投げかけた時に、「誰が死ぬのでしょうね 笑」
と返ってきて、

いつもの私なら、ムカちーん!!いらっ!そういう返事を聞きたいんじゃないの!
ってなっていたでしょう。
(個人は、自分にとって都合の良い返事を求めちゃう)

その時は、そんな我の強さを優先できないほど苦しかったようで、
ふっとプライド(むかー!)がこっちに来ず、ふわふわーっと消えるのを感じました。

あの瞬間、何か確固としたものにシフトした気がします。 
それまでとは違う風にエネルギーが動いたように感じたっていうのが近いかな。
言葉の限界。


ノンデュアリティについて聞きたいって、インドで話して、
その後、ずっとメールでやり取りしていた友達をニルヴァーナに紹介したら、
ふっと解放が起きたそうで、報告がきました。
めでたいな~

別に彼女に変化がなくても、面白くて好きな友達だし、
やっぱり苦しんでる彼女っていうのがリアルにも感じられなかったから、
どっちでも良かったけど、
その時のやり取りは、笑いが止まらなかった(^^)


次回は、そのニルヴァーナSayの話もシェアしようかな、と思います。
勝手にすまぬの。

(Sayはこのblogを読んでて、それでインドで声をかけてくれてお友達になりました^^)





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