人間はみんな心の奥底は とても弱くていい人だから
そんなに弱くていい人の心だけで すべてのことに接すると
物事のすすみぐあいが悪いので いじわるでこわい人のおめんをつけてる。
いじわるでこわい人のおめんと つめたくて自分勝手な人の服と
やきもちやきでわがままな人の靴と 気まぐれでけちんぼうな人の帽子と
うわさ好きでウソつきのカバンをもって もっと いろいろな
そう
うっかり気に入られないためのたくさんのバッジをいっぱいつけて生きている。
ああ だからね
だれからも好かれないように気をくばる必要のない所では
心から愛して うちとけた恋人の前とかでは
とってもいい子になってもいいから とっても楽しいんだ
だけれども 本当は
おめんなんかつけないで それでも相手も自分も傷つかずにうまくできる人が
いちばんいいのかもしれない
-銀色夏生の詩集から引用-
ヨガを欲したばかりの頃に何かを感じて、なんども読んだ詩です。
今でもヨガをする目的のひとつはこれ。
当時、すごくすごく人に気を遣っていて、
相手のためもあったけれど、コンプレックスをさらして自分を傷つけないためでもあって、
そうするのが大人になるにつれて当たり前になっていて
大人になるということはこういうことなのだ、と言い聞かせながらもあまり幸せでなかったとき。
そうしながらも、その「大人になる」という行為が「良いこと」なのか、ずっと疑問でしたし、
この詩のとおり、意識したり自分を誤魔化したりしての上の
気遣いとか思いやりとかじゃなく、いつものありのままの自分でいながら、
優しくできたら、相手も自分も幸せだろうな~と思いました。
ヨガが、このことについて何かヒントをくれる気がして。
その通り、この詩のとおりに生きられる日々に近付いた気がします。
ヨガのおかげで日に日に生きるのが楽に、ナチュラルになってきました。
もちろん「ヨガ」って目に見えるポーズや呼吸法をしなくても、
ごく自然にそういう生き方をしている人はたくさんいます。
ずっと羨ましかった。
でもこういう遠回りな生き方のおかげで、ヨガをシェアする機会をいただけたので
自分のすべての過去やコンプレックスに、今は感謝するばかりです☆
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